- コラム:「野鴨の教え」の教訓について
「野鴨の教え」の教訓について
代表のメッセージ 2025年7月1日掲載
デンマークの哲学者キルケゴールの思想に由来する「野鴨の教え」という話があります。要約すると以下のような内容です。
「デンマーク北部のジーランド湖畔には、季節になると毎年野鴨たちが渡ってきていました。湖の近くには一人の善良な老人が住んでおり、北の国から数千キロメートルを翔んできた野鴨たちに餌を運び、親切に世話をしていました。
鴨たちは、親切な老人から毎日餌をもらえるこの湖の快適さに惹かれ、やがてそこに住み着いてしまいます。それからしばらくは、楽しく、健康で、豊かな日々が続きました。
しかし、ある日、鴨たちに餌を与えていた老人が亡くなり、明日からは食べるものがなくなってしまいます。仕方なく、鴨たちは次の湖を目指して翔び立とうとしますが、もはやその力は残されていませんでした。肥え太ってしまった彼らは、飛ぶことも、走ることすらできなくなっていたのです。
そしてある日、嵐による激しい濁流が湖に押し寄せます。他の鳥たちは飛び立って難を逃れる中、鴨たちは逃げることができず、激流に飲まれて命を落としてしまいました。」
この話は、私たちが楽な道を選び続けることによって、本来備わっているはずの力や可能性を失ってしまう危険性を伝えています。
特に、若い皆さんは、これから人生の中で多くの選択をしていくことになります。時には、失敗を恐れて挑戦を避けたくなることもあるかもしれません。あるいは、周囲に合わせることを優先し、自分の本当の声にふたをしてしまうようなこともあるかもしれません。しかし、そうやって「飛ぶこと」をやめてしまうと、少しずつ「飛ぶ力」そのものを失ってしまうのです。
たとえ今は苦しく、未熟であったとしても、自分の夢や志に向かって羽ばたこうとする力こそが、将来の可能性を大きく広げる鍵になります。努力を続けること、自分を信じ続けること、そして、新しいことに挑戦し続けること。それらは決して簡単なことではありませんが、成長のためには大切なことだと私は思います。
また、親や子どもたちの成長に携わる教員にとっても、この「野鴨の教え」から学ぶべき点は多いと感じています。
子どもが本来持っている「挑戦する心」「夢を見る力」「自分を信じる気持ち」。こうした心を守り、育てていくことは、私たち大人の大切な役割であるのは間違いありません。しかし、私たちは時に、「失敗しないように」「安全な道を選ぶように」と子どもを無意識のうちに安易な選択へ導いてしまうことがあります。短期的には安心かもしれませんが、それは子ども自身が自らの力で成長する機会を奪うことにつながります。
この連載の3月1日号『無限の可能性』でも述べましたが、ヘレン・ケラーとアン・サリバン先生との関係、そしてアン・サリバン先生を信じて大事な我が子を託したヘレン・ケラーのご両親の姿勢は、まさに私たちにとって最高の教科書であると考えています。
「人の真の成長のためには、何が大事なのか。」
その問いに対して、これからも一人ひとりの個性を大切にしながら、真摯に考え、実践してまいります。
*この「野鴨の教え」については、私は松野宗純氏の著書『成功の条件・幸福の秘訣』(PHP研究所)で知り、学ばせていただきました。松野氏は、エッソ石油株式会社で代表取締役副社長としてお務めになられた後、板橋興宗禅師(元曹洞宗大本山總持寺貫主)のもとで得度された方です。
板橋興宗禅師は、私の小学校時代の恩師である石ケ森和子先生の師でもあり、また板橋興宗禅師の著作については、私の人生の師である松岡浩先生よりご紹介いただいておりました。
この度、松野宗純様の著書に出会うことができたのは、板橋興宗禅師、石ケ森和子先生、そして、松岡浩先生とのご縁によるもので、改めて、「縁」というものの不思議さとありがたさを感じております。
師である石ケ森先生、松岡先生は亡くなられておりますが、今なお私に大切な学びと導きを与えてくださっていると感じ、感謝の念に耐えません。
参考文献:松野宗純『成功の条件 幸福の秘訣』(PHP研究所)
板橋興宗、松野宗純『悠々烈々』(PHP研究所)